アイドルに抱く「好き」という感情
「ホントに好きなんですか?」 「それでもファンなんですか?」
うちの日記は、時々かなり踏み込むことがあるので、取り上げたタレントの熱烈なファンの方々より、苦情をいただくことが多々あります*1。最近は、かなり記述がおとなしくなったので、週2〜3件ですが。
で、必ずといっていいほどその苦情メールに書いてあるのが冒頭の言葉。ここでは、とりあえず熱烈ファンの、一切の批判を許さない姿勢については置いておくとして、もっと根本的な「好き」の意味について考えてみます*2。
「好きなんですか?」――― これに答えるとしたら、「好きとか嫌いとかは問題ではないです」。で、続けて「面白いか面白くないかなんです」。
好きとか嫌いとかじゃなく、とにかく面白いか面白くないかが基準。日記を書いてて面白いか面白くないか。そのタレントについて考えるのが面白いか面白くないか。これにつきます。
繰り返し書いてきている、筆者の原点である主張は、「タレントは実在も人格も不要」。最低限の情報、すなわち「ルックス」と「おおよその性格」、その他「出身」「年齢」「体型」など基本的なプロフィールさえ、提示されれば、あとは、こっちのファンの側で、勝手に「想像」し「補強」ていく。想像の材料に過ぎないと。
なので「好きとか嫌い」は、そもそもタレント個人に対し、そういう感情を意識的に抱くことがなく、より重要なのは、そのタレントについて書くのが面白いか。想像するのが面白いかということになります。
もちろん、「好き」とか「嫌い」とか、一切ないわけではないので、訊かれれば答えることもできますが、それでもやはり、私の中では、あまり重要でないんです。
以下、具体的な苦情について。
「P誌について、編集部をバカにしてますが、ほんとにP誌が好きなんですか?」――― 好きとか嫌いとかじゃなくって、たままた面白い子がいっぱい出てるから読んでて面白いし、それについて書くことも面白い。ただそれだけです。某氏が言う「大好きなタレントさんだからこそ、早く芸能界なんて引退して欲しい」に習えば、その意味合い・動機付けは多少異なりますが「早くP誌が廃刊になって欲しい」とも言えます。
「A.Eについて批判ばっかり書いてますが、ホントに好きなんですか?」*3――― 好きでも嫌いでもなく、Aの写真やグラビアが、観賞用として「美しい作品」であり見てて面白い。面白いから見てる。すると、粗も見えてくる。それを、面白いから指摘する。
「A.Rが必ず『P物語』の主役ですが、やっぱり好きなんですか?」――― どっちかと言われれば「嫌い」です。でも、書くことが、物語の中で動かすのが、想像するのが面白いんです。Aの言葉の選択や喋り方が面白いんですね。これが、「嫌い」だけど「面白い」というケース。
「なんでファンなのに、ブログをチェックしないんですか?」――― やっぱり、「知る」ことが「面白くない」からです。
ということで、昔は純粋に応援していたタレントさんはある程度いたんですが、最近は、「心から好き」で、「心から売れて欲しい」と願う、「心から応援したい」タレントさんは、いないです。